「零崎ってさぁ、何かいい匂いするよね」

  
とうとう欠陥が壊れた。


  

キムチ理論


人を殺せなくなった殺人鬼の行く末は酷いもので、それは即ち金欠へと直結してしまうのだった。つまり血に飢えるとかじゃなく、金と食糧に飢えてしまうわけだ。
殺人鬼も結構シビアなんです。
  殺人鬼is路頭に迷ing.

そんな俺の行く当てはというと、鏡の向こう側くらいしかいなくて、戯言遣いで欠陥製品ないーたんしかいないわけで、そんなこんなで最近はいつも飯を戴きに来ちゃってたりするのだが、


  
今日の欠陥はいつにも益しておかしかった。



「・・・は?」
「うーん・・・いい匂いっていうか、甘い匂い?うん。何か甘い匂いするんだよね、零崎って」

凄く真面目な顔つきで唐突に切り出した欠陥の言葉は、俺には何とも理解し難いものだった。

っていうか何が?


 ・・・落ち着け、俺。

別にとって喰おうなんてわけじゃ(多分)ないはずだ。スプーンなんて落とすんじゃないぞ。とりあえず落ち着いて、今までの流れを整理してみよう。

●いつものように俺が窓からラプンツェルよろしくコンニチハ。欠陥はそんな俺を無駄なエプロン姿で招き入れる。

●「コンビニ弁当しか無いけど、いい?」というお決まりの台詞。別にいいです文句は言いません。用意してくれるだけ有難いです。ただ今日はいつもの390円ののり弁だけじゃなくあったかいココア付きだったので少し嬉しかったです。

●飲み物は水道水。俺ももう慣れたもので、ていうか何処の天然水よりもここのが美味く思えてきた。

●他愛の無い会話
 ・円周率は3か3.14か
 ・日本はこれからどうなるのか
 ・肉球って触り心地いいよね とかなんとか。
こんなもんか。

・・・・
こうしてみると、益々脈絡の欠片も無ぇな。


何なんだ一体。


「零崎」
「ッひゃい!」

お、おおう。ビックリした。

「何だよ、変な声出して」
「人が考えてるときに急に声掛けてくるからだろ」


「何か考え事?」と訊かれたが、俺が「何も」と答えると、あいつは「ふうん」と特に興味も無さげに呟いた。

「ところで、零崎って香水とか芳香剤とか使う人?」

ああ、甘い匂いってヤツ?まだこだわってたのか。
「んにゃ。使わんよ。つーか俺ああゆうの嫌い。纏わりつかれてイライラするわ」
本当に嫌いだったので本当に嫌いそうな声で言うと、「だろうね」と返された。

「ぼくもあんまり好きじゃ無いんだけど、大学の子とかが使ってたから・・・そうだ。お前確かお兄さんと妹さんがいるんだっけ?」
欠陥にしては驚きの記憶力だった。

「ああ。まあ、いるっちゃーいるが、そいつらもそんなん使ってないと思うぜ。あいつはどうだか分かんねーが、とにかく、どちらにしろ最近会ってねーし、俺には関係ねーよ」

「そっか」


それっきり、あいつは黙り込んでしまった。
ただ、時折ぼそぼそと「・・・・外がダメ・・内から・・・甘党・・・八橋・・みかん・・・・・韓国・・・・」などと不気味な単語を呟いていたが、俺は聞こえなかったことにして、飲みかけのココアを再開した。

うえ。ぬるい。

「欠陥欠陥、レンジ借りていいか?」
「いいよ、そこ」
顔は動かさず、ブツブツいいながら、指で後ろを指してみせた。

いーたんちは「そこの角をこう曲がってそっからあちのドアを横切って、3歩進んだら2歩下がる」みたいな長ったらしい説明がいらないのでいい。大体の物は立って見渡せる程度の所に在るのだ。悪く言えば狭いんだけど。
それでもココアあっためるのに無駄な体力使いたくない俺としては有難い話だった。


言われたとおり、レンジは『そこ』に在った。
まず自分のをあっためて、それからついでに欠陥のもあっためて、零さないようにお盆に乗せて運んでいくと、

まだいーたんはぶつくさ言っていた。
このまま放っておきたいのも山々だったが、ココアが冷めてしまう。冷めたココアなんて気の抜けたコーラと同じような物だ。

俺は意を決していーたんに声を掛けた。
「おーい、欠陥ー?」
無視。
「いーたんってばー」
無視無視。
「ココア冷めるぞー。俺飲んじまうぞー」 見事なまでのシカトっぷり。
はぁ。
まぁいっか。
こんな感じのいーたんはもう俺の手に負えないっつーか、正直関わり合いになりたくないっつーか。

とりあえずあいつの分のココアはテーブルの上に置いて、それから自分の分だけ持ってイスに戻ろうとすると、

おもむろに欠陥がこちらを向いた。

目が合った。

「なっ、何だよ。言っとくけど、これは俺んだぜ。別にいーたんのを飲もうとしたわけじゃ
「舐めさせて」

 
 ガシャーン



俺の手からココアがカップごと落下した。

びっくりすると手に持っているもの落としちゃうのってドラマや漫画特有の演出じゃ無かったんだね。

「あーあーもう、何やってんだよ零崎」

いーたんは心底面倒臭そうに立ち上がると、イスに掛けてあった布(ってゆうかソレ俺の上着!)を掴み、ソレで手際よくココアを拭き取る。そして直立不動奈状態となった俺の服を剥ぎ取り、
「うっわー、服までココアまみれ。着替えといて。洗濯してあげるから」
そう言って自分が着用していたエプロンを外すと、こちらに寄越した。

これを俺に着ろと?

だが俺に選択肢は無い。
上半身裸か上半身裸にエプロンか。
・・・・
寒いので後者を選んだ。
初めての着心地だった。


欠陥を見ると、丁度洗濯を回しているところだった。
もはや元の色が分からなくなっている俺の上着。今年はモカが流行りそうだ。

流石は全自動、スイッチ一つで戻ってくるいーたんに、とりあえず俺はさっきの変な言動の真意を確かめるべく、少し距離をとりながら、問うてみる。

「なぁ欠陥。さっきの舐めるって何?ココアをか?」
せめて目的語はココアであってくれ。
てゆうか俺の聞き間違いであってくれ。

いーたんはちょっと首を傾げてから、
「?何言ってんだ?ココアなんて舐めてどうする。零崎をだよ」
と、1+1=2だと教えるように、当たり前じゃないかとでも言いそうな感じで答えた。

先生、聞き違いではありません。目的語は『俺』でした。

「じゃあ・・・」
と、何時の間にやら至近距離まで来ていたいーたんは俺のエプロンをめくりにかかった。
「ちょッ、ちょっと待て!!」
俺はそれを両手で制する。
「何だよ」といかにも不服そうないーたん。
「何だよはこっちの台詞だろ!何でいきなり『舐める』なんだよ!話の流れがつかめない。何?アレか?よっきゅーふまんてヤツか?!ココア舐めてどうするの前に俺を舐めてどうすんだ!理論立てて説明しろ!!」
ふーと息を吐いて、「まあ、落ち着け。ちょっとは冷静になって考えろ」
両手を前に、どうどう、と『落ち着いてのポーズ』をとるいーたん。
それはこっちの台詞だ。
とりあえず俺はじりじりと欠陥との距離をあけた。


「まず、お前からは甘い匂いがする。それは何故かというのがそもそもの問題なんだ」

そこを疑問に思うこと自体おかしいだろと思ったが、これ以上ややこしくするのはごめんだったので、俺は突っ込むのを止めといた。
 ER3のヤツらの考えることは解らない。

欠陥は真面目腐った顔で続ける。

「で、ぼくは香水か何かだろうと思ったわけだが、それは違うと言った。家族にもいないと言う。では何故?」



そこでいーたんは間を空けた。
殺人鬼も引いちゃうくらいの熱弁ぷりだった。


「零崎、お前はどうしてだと思う?」


「・・・は?」
いきなり振るなよ。
「えーっと・・・アレだろ?外がダメなら内からってヤツ?」

俺は丁度若手芸人2人組のにんにく伝説とやらを思い出しながら答えた。
あれは悲惨だったよなー。よりによってにんにく・・・
・・・

「、えー、っつーことは、何か?俺が甘いモンばっか食ってるから甘くなるって?」
「そうだけど」
「お前、甘いもの好きだろ?」と欠陥。

「キムチばかり食べる韓国人は体臭がキムチに似るって言うし、ミカンばかり食べる人は手がミカン色になるって言うし。つまり、食べ物は肉体を内側から変化させるんだ」

何だそのキムチ理論は。
いーたんが活き活きしている。

「〜、そこまでは解った。けど、そっから『舐める』までどうしても行き着かねえんだけど」

「だから、肉体を内側から変化させ得る食べ物は果たして味までをも変えることができるのだろうかというところなんだよ」

いや、無理だろ。つーか別に俺じゃ無くても。何故に俺。
そういーたんに言うと、「零崎甘そうだから」と、酷く平然と答えられた。
キムチ云々関係無いのかよ。


「とにかく」

いーたんは立ち上がった。
「ぼくは零崎を舐めたいんだ」
「ただの欲求不満じゃねえか!!」

まずいぞ。ヤツの目は本気だ。
俺の頭には某絵本の冒頭部分が過ぎる。


ーつかまったらさいご、あっというまにたべられてしまいますよー



ネズミ先生に諭されながら、とにかく後ろに(距離をとるため)下がった。
下がって下がって下がって。


ゴスッ

何かに足が引っかかり、今度は後ろに倒れる。

Etan's bed.

どうりて倒れても痛くないと思ったよ!
やばいぞ。よりによってベッドなんて!
ぎぎぎぎと首を回すと、そこには恐ろしいくらいにっこりスマイルないーたんが立っていた。

「ホラ、零崎大人しくしろよ。別に減るもんじゃないだろ?」
いーたんは笑顔を貼り付けたままきゅうっとにじりよる。
つい、と指を這わせて、
な、なんだこれ。や、やややばいんじゃないのか?
「無理!絶対!無理だから!ってエプロンめくんなッ!!」
ばたばたしてるうちにもエプロンははだけて、そうか、裸エプロンの醍醐味はコレかとか思いつつ、やっぱかなりのやばい状況で、

てゆうか誰か!!


と、そのとき。

ガチャリ、とノブが回った。



「はッろ――!!おにーさん、零崎人識来て


嗚呼・・・・
タイミング悪いよ、出夢 ・ ・ ・


『殺し名』序列第一位、二人で一人、二人で一人な《人喰い》匂宮出夢は、まずベッドで上になってエプロンを脱がしにかかっている戯言使いとそして下で組み伏されている上半身裸にはだけたエプロン姿で泣きそうな状態の殺人鬼に一通り目を通すと、静かにドアを閉めて、 去って行った。



 バタン




 しーん
    

「何か誤解されたみたいだね」
「テメーのせいだろッ!!」
やばい。泣きそうだ。

「あー、もうヤダ・・・。絶対ムリ顔見られた目ェ合った・・・」
「今頃零崎人識ってこういう趣味あったんだとか思ってるんだろうねきっと」
俺が睨むと、「あ、でも出夢君口軽いから今度からはたとえどんな変な格好しても誰も何も言ってこないと思うよ」と、いーたんは言った。フォローになってない。




「なあ、零崎」

「・・・・」

「零崎ってば」

「、何だ
 べろり、と
 舐められた。・・・・はい?


「どうせなら最後までやろうぜ?」
「・・・・・」
てゆうか誰か助けて下さい。